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大阪地方裁判所堺支部 昭和45年(ヨ)50号 判決

申請人 福田浅吉

被申請人 医療法人英和会

主文

一  申請人が保証として被申請人に対し金一〇〇万円を供託することを条件として、被申請人は別紙物件目録〈省略〉記載の地上に建築中の建物につき、右土地の東側道路面より高さ九メートル(三階)を超える部分の建築工事を続行してはならない。

二  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  申請人は主文一項と同旨の判決

二  被申請人は「本件仮処分申請を却下する」との判決

第二申請の理由

一  申請人は肩書地に家屋を所有し、その家族と共に昭和三八年(以下、昭和を略す)より居住している。

被申請人は右申請人居住地の南側に隣接する被申請人肩書地(登記簿上藤井寺市岡一丁目一八九番八)に病院を所有している。

二  申請人の居住経過およびその状態と隣接地を申請外坂本和英に売却した事情

1  申請人は三一年頃、申請人の現在の所有土地および被申請人所有病院の敷地を含む田三四三坪の所有権を取得し(登記簿上は三三年八月一五日と三五年一一月九日所有権移転登記)、その土地上で三八年頃まで田畑を耕していた。

申請人は当時藤井寺市岡二丁目の九に住居を有し、東洋ガラス株式会社に勤務するかたわら、合い間に右土地を耕作していた。申請人が右土地の所有権を取得したのは、三八年に会社を停年退職するので、退職した時に右土地に家屋を建て、妻子と一緒に余生を送ろうと考えていたからである。

2  申請人は三八年前記会社を停年退職し、右土地に家屋を建築すべく準備をしていたところ、その当時藤井寺駅前で開業医をしていた坂本和英が、右土地の南側部分すなわち現在の被申請人病院敷地部分を病院建築用地として売却してほしい旨申し入れがあつたので、三八年四月二四日右南側部分一〇四坪を右坂本和英に売却したのである。

売却当初右坂本和英は申請人に対し右土地に二階建鉄筋コンクリートの病院を建築する旨申し述べていたが、結局三九年春に三階建の病院を建築した。そして四三年一二月一八日に被申請人である医療法人英和会に右病院を現物出資したために、現在土地は坂本和英の所有であるが、病院は被申請人が所有している。

3  申請人は右のように現申請人居住土地の南側隣接地を病院建築用地として坂本和英に売却したので、同所に病院が建築されることは知つており、申請人住居を建てるについてもその点は十分に考慮して建築した。すなわち、坂本外科病院の建物ははじめは二階建の鉄筋コンクリート造りだとのことであつたので、南側境界線に密接してその程度の建物が建築されても、常に日照を受けることができるように配慮して、南側被申請人敷地の境界線より九・三メートルの空地をとることにし、その空地を庭にして築山を築き、植木を入れ、手前には芝生を作り、明かるい緑の多い環境を作るように配慮した。申請人居住建物は建物南面より、日照、採光、通風を十分求められるように大きな窓を取つた。

4  まず、別紙図面〈省略〉二に示すように、東側に七・五畳の応接間を作り、南側に高さ一・八メートル、巾六五センチメートルの四枚の一枚ガラスの両開戸を作り、次の洋間五・二五畳は高さ一・八メートル、巾六五センチメートルの四枚の引違いガラス戸とし、次の和室四・五畳、更に西側の八畳には南側に巾一・三五メートルの一枚板ガラスの引違い戸とし、洋間五・二五畳、和室四・五畳の外側にはテラスを設け、以上のように日照、採光、通風のため十分な配慮をして申請人居住家屋を建築したのである。

5  その上鉄筋コンクリート造りは梅雨時には湿気を特に含むことから、建築上のことも考え、木造平家建てにしたほどである。

三  被申請人の増新築前の病院

従来の被申請人病院は、別紙図面二に示すとおり、三九二・八一平方メートルの敷地面積の上に二〇七・七八平方メートルの建築面積の三階建(塔屋一九・八五平方メートルを除く)と一階建の建物であり、建ぺい率は五三・三パーセントである。そして別紙物件目録ならびに別紙図面表示一の土地(以下、本件土地と称する)は空地のまま残されていた。それ故、申請人家屋に対する日照阻害はなかつた。

四  増新築工事

1  ところで被申請人は、従前の病院を次の如く増築工事している。すなわち、従前の建物のうち東側道路に面する正面一階部分はその北側の一部を取りこわし二階に増築し、三階部分についてはその南側半分を四階に増築し、申請人所有地との境界線寄りの北側部分は四、五階に増築している。

2  そしてその上、別紙図面一表示の今まで空地だつた六六・八八平方メートルの敷地に建ぺい率一〇〇パーセントに近い六一・六六平方メートルの建築面積をもち、高さは塔屋を含め一九・二五メートル(但し五階部分まで約一五・三五メートル)に及ぶ鉄筋コンクリート造り五階建(外に塔屋一階)の高層建築物(以下本件建物と称する)を新築しようとしている。しかも右建物は申請人境界線と一〇センチメートルしか距離がないのである。

五1  しかして本件建物が建築されると、申請人の住居の日照、通風、採光は極端に妨害され、申請人の健康にして文化的な最低限度の生活に重大な支障を生ずることとなる。

殊に日照については秋から冬および春にかけての午前から午後三時頃までの陽光が生活にとつて極めて貴重なものとなるところ、この貴重な日照が本件建物の建築によつて申請人住宅に対してほぼ完全にさえぎられることになる。

すなわち三階建以上の建物が本件土地に建築されるならば、秋分から春分までの一〇月から三月までの時期においては、午前中は全く日陰になり、わずかに一二時過ぎから一時前までの三〇分程度しか日照が受けられなくなるのである。

2  右のように極端に日照を奪われることは、衛生上の危険も含め、申請人にとつて耐え難い苦痛というべきであり、申請人住居が日本式木造家屋であるところからも、かかる状態での日照の妨害は健康で文化的な生活を営む権利(憲法二五条)の侵害として危険な加害行為であることは極めて明白である。

六  本件建物によつて申請人の住居の日照、通風、採光が妨害され、申請人が甘受すべき限度をこえるものであることは極めて明白であるが、尚次の諸点が指摘できる。

1  本件土地の地域性

藤井寺市は近鉄阿倍野橋駅を起点とする近鉄南大阪線の沿線にあり、一〇年位前までは南河内郡と称していた郡部に属し、一般住宅があちこちに建ちだしたのもここ四、五年前からで、田畑がまだまだ多い農村地帯であつた。そして現在では郊外の住宅地帯として知られている。

申請人がその家屋を建てた三八年頃は、申請人土地の付近は全く建物のない田畑ばかりのところであり、ましてや高層建物など姿も見あたらなかつた。申請人土地の東側には現在舗装された約一〇メートル巾の府道八尾羽曳野線がとおつているが、三八年当時はこれも無舗装の道路であつた。高層建物といえばその後、道路をへだてた東側五〇メートルのところに鉄筋三階建の市立藤井寺中学校が建築され、その後一〇〇メートル北に三階建の市役所、東側一〇〇メートルのところに三階建の工業高校、約二五〇メートル東北に四階建の山田紙缶等がそれぞれ建築されたが、それらの建物はいずれも広大な敷地に建てられ、周囲に十分空地をもたせて建築されているものである。藤井寺駅付近でも三階建の農業協同組合、三階建の信用金庫がある位で、その他付近には三階以上の建物は存在しない。現在申請人土地の付近にも住宅用の建物がかなり建つてきたが、それでも周囲にはまだ田畑も散在し、田園情緒が残つている位である。

藤井寺市は全市について用途地域としてはなんらの指定もしていない。これは本来藤井寺市全体が小さくもあり、又農村地域であつたためその指定の必要を感じなかつたものと考えられる。

以上の如き本件土地付近の地域の性質からして被申請人が建築しようとしている本件建物は全く狭い敷地に無秩序に高層建物を建築し、ここをかけがえのない安住の地とした申請人の生活をおびやかすものであつて許されるべきことではないといわねばならない。

2  本件建築の無秩序性ないし社会的意味

(1)  被申請人の本件建築は、その土地選定、建物の位置、高度等極めて自己本位で無秩序というべきである。

病院がわれわれの日常生活に不可欠のものであり、ことに交通事故の頻発する昨今、外科病院の必要性は増大する一方であることは疑いないところである。しかしそのように公益性の強い建物であつても、無秩序に建築し、近隣の土地にいかなる損害を与えてもよい理はない。隣人の快適な生活の欲求もまた考慮されねばならない。

(2)  申請人建物の建ぺい率をとつてみれば、従来五三・三パーセントであり、今回新築建物を合せば実に六八・六パーセントの高率となる(本件建物新築部分だけをとれば実に九〇数パーセントである)。

建築基準法第五五条には「建築物の建築面積は住居地域内、準工業地域内又は工業地域内においては敷地面積から三〇平方メートルを引いたものの十分の六を、商業地域内又は用途地域の指定のない区域内においては、敷地面積の十分の七を、それぞれ越えてはならない。」と規定されている。

被申請人の建物は藤井寺市が都市計画上無指定であることから、法定制限内の建ぺい率となつてはいるものの、これはほぼ制限いつぱいである。藤井寺市が近鉄南大阪線の高級住宅地であり、大阪市のベツドタウンとして最近急激に開発されつつある現況からすれば極めて高率であるといわねばならない。後述のように現行建築基準法が日照、通風の保護の点から見て不備であることからなおさらのことであろう。

(3)  さらに、被申請人建物が新築されると、右建物の位置は申請人土地との境界線から西側で約二五センチメートル、東側で約三五センチメートルとわずかな間隔しかなくなり、しかも境界壁に沿つて西から東までほぼいつぱいに建てられることになる。これは民法第二三四条第一項の規定「隣地の境界より五〇センチメートル以内の建築は許されない」に違反する。ちなみに申請人側が右建築に同意したこともない。

(4)  被申請人がこれまで自己所有土地北側に空地部分を残してきたのは申請人の日照を考慮してのことであつた筈である。しかるに今回、同所に新築する建物は五階建であつて、被申請人の建物の中で最も高くなる。被申請人がもし申請人の日照を少しでも配慮するならば、このような設計はしなかつたであろうし、被申請人土地南側部分ならば少々高く建築しても差支えない状況であるからそのような設計も可能なのである。また本件土地付近は田畑があちこちに散在しており、高度の土地利用を前提としている土地ではなく、四階以上の建築物は一つも存在しないことは前述のとおりである。被申請人としては近くに用地を買入れることも十分可能な筈である。

しかるに被申請人はこれまで充分に日照を享有してきた申請人の権利を奪おうとしているのであつて、まさに権利濫用というべきであり、現行建築基準法、都市計画法の不備につけこんだものである。

(5)  建設省は本件の如き事例が各地で発生するのにかんがみ、四三年一一月一五日建築基準法の改正原案を発表し、低層住宅専用地は一〇メートルという高さ制限をするほか、日照権確保のため境界線に五メートルの線を立て、それから勾配四分の五の斜線からはみ出して建てることを許さない。中高層住宅専用地では一〇メートルの線を立て、そこから勾配四分の五の斜線が基準となつている。

現行建築基準法遵守による日照期待が極めて低いところから、改正案はこのように日照権保護を正面から目的としたのであつて、右法案は近い将来成立するようであり、土地の高度利用は今後規制されざるを得なくなつているのである。

また、大手の阪急不動産株式会社などは、土地分譲について、買主との間で、買主は売主(阪急不動産)において経営する団地の住宅環境を阻害したり、近隣に迷惑をかける建造物(例えばアパート、連続住宅及び三階以上の建築、その他各隣地に対し日照、見下しなどについて迷惑をかける建物)は構築しない旨の特約を結ぶに至つている。

大阪府は「千里丘陵分譲宅地の利用および住宅の建設に関する協定書」を買主との間でとりかわし、日照権保持に関する約定として、「住宅の建築面積は敷地面積の四〇パーセントを越えないこと」「住宅は二階建以下のものであること」「日照を妨げる施設を設けないこと」「住宅は隣地境界線から一・五メートル以上、道路境界線から二・〇メートル以上の間隔をおいて配置すること」等が明文化されている。

以上のような最近の傾向は十分考慮されて然るべきである。

3  被申請人の主観的意図

(1)  被申請人はもつぱら自己の企業的利潤のため、最も効率的な敷地の利用を計画し、これによつて申請人の日照、通風、採光の妨害となるのを知悉しながらなしたものである。

(2)  被申請人は本件建築に際し、全く申請人に相談することなく設計し、市の建築許可をえたのち四四年八月申請人のところに赴き、申請人に対し申請人所有の境界べいをつぶさせてくれるよう申入れた。そこで申請人は初めて被申請人の工事内容の一部(新築部分)を知つたのであり、増築部分についてはその後度々交渉がもたれたにかかわらず最後まで知らされなかつた。

(3)  申請人は、長年働いて得た退職金によつて建築した建物がもはや日照を受けえないと知つて絶望し、その土地を手離すことを決意したのであるが、被申請人は、土地は買い取りたいが家はいらないから家の移転費用は負担できないとの態度を取つた為売買の話し合いは成立しなかつた。そこで申請人は、被申請人の新築建物を三階でとどめるよう度々懇請したところ、被申請人は未だ工事に着工しておらず又設計変更の意志も全くないにかかわらず、申請人がもう少し早く要請したのなら変更ができたと答えて申請人を愚弄した。

(4)  申請人は被申請人が新築計画のみ有するものと思つていたから、旧館の増築によつて新築の四階以上分を補つてほしいと要請したのに対して、被申請人は増築を予定していながらそれを隠し、旧館の基礎が弱いからできないと虚偽の事実を述べたのである。

(5)  このように四四年一二月末まで申請人は必死に交渉を続けてきたが、被申請人は申請人の全ての提案、要求を拒否し、申請人が同年一二月三〇日に出した、話合いによる解決をしたい旨の内容証明郵便に対しても何の回答もせず放置し、翌年一月二四日建築に着工した。しかも右工事によつて申請人所有の境界壁の下に大穴をあけ、庭の美観を著しくそこなつたにかかわらず、いまだに補修せずに放置したままである。

(6)  日照権の問題について被申請人のとつた態度は、新築建物により申請人の日照は冬期に殆んどなくなるのを知りながら、申請人には広い庭があるので大したことはないと述べ、申請人の無知につけこんだのである。

(7)  被申請人のこのように不当な建築は今回が初めてではない。

三八年の建築に際し、被申請人は申請人に対し二階建にするといいながら完成したのは三階建であつたし、申請人の許可なしに境界線から僅か二〇センチ余りをあけて建築したにかかわらず、被申請人は今回の交渉の過程で堺法務局の係官に対し前回の建築につき申請人の許可を得たから今回も又境界線いつぱいに建てても同意してくれると思つたなどと答え、全く申請人を馬鹿にしたのである。

4  本件妨害の継続性

本件日照権等の妨害は鉄筋コンクートの堅固な建物によつてなされるものであり、その妨害の期間は少くとも数十年に及ぶ継続的なものである。したがつて申請人は本件建物が建築されると前記の如き日照等の妨害を長期にわたり受けることとなり、右は申請人の甘受すべき限度をはるかに越えたものである。

七  被保全権利ならびに仮処分の必要性緊急性

1  以上に述べたとおり、本件建築によつて申請人は金銭に替え難い極めて重大な損害を受けるわけであるが、被申請人の行為はまず第一に違法に他人の権利を侵害する不法行為である。特に本件の如き生活妨害については他の類型の不法行為と異り、侵害が継続性を持つているので、侵害の停止がとりわけ重要なものとなるのである。且つ本件の場合は、侵害されている権利は人格権ないし生存権であつて、この権利は人間の基本的権利として何人もこれを侵害することのできないものである。

故に、かかる権利の実現と相容れない内容の事実を作出する不法行為は差止められるべきものである。しかも前記の如き受忍限度を著しく越える不法行為であるから、より一層本件建築の差止が高い正当性を有するものである。

2  第二に、被申請人の行為は人格権ないし生存権の侵害であつて、右権利にもとづく妨害予防請求権を主張する。人格権も又物権と同様に排他的な性格をもつことは明白であるから、右権利にもとづいて妨害の予防ないし排除の請求権が発生し得ること勿論である。

3  第三に、申請人の所有権にもとづく妨害予防請求権を主張する。

八  よつて、申請人は被申請人の生活妨害に対し近く本訴を提起すべく準備中であるが、被申請人は四五年一月はじめから本件建築工事を開始しているものであつて、このまま本案判決まで放置すれば被申請人の予定通りの工事が完成し、これによる被害を事後的に救済する手段はない。したがつて、被申請人に工事を一時中止させたうえ、生活妨害を生じない限度に設計の変更を求めるため本申請に及んだ。

第三申請の理由に対する答弁

一  申請の理由一の事実は認める。

二  同二の1ないし5の事実中、申請人が三一年頃、申請人の現在の所有土地および被申請人所有病院の敷地を含む田三四三坪の所有権を取得したこと、三八年四月坂本和英が右病院敷地を買受け、三九年春に東側一階、西側三階の一棟の病院を建築所有したこと、四三年一二月被申請人が右病院の所有権を取得したこと、申請人がその主張のような位置・構造・大きさの家屋を建築所有していることは認める。右坂本が申請人に対し二階建の病院を建築する旨述べたとの事実、申請人がその家屋建築にあたつて日照の点につき特に配慮したとの事実は否認し、その余の事実は不知。

三  同三の事実は認める(但し、本件土地の東側の一部には建物があつた)。

四  同四の1の事実は認める(なお、その増築工事はすでに完了している)。

同四の2の事実中、本件土地上に本件建物の建築工事を始めたこと(なお、すでに棟上げを終つている)、その高さが申請人の主張通りであることは認め、その余の事実は否認する。

本件建物の建築面積は六一・六一平方メートルであるのに対し、病院の現在の敷地は、坂本和英が申請人から買受けた藤井寺市岡一丁目一八九番八のほか同所一八九番地の一一の合計三九二・八一平方メートルであるから、建ぺい率はこの事実の上に、算定されるべきである(なお、後者の土地は、坂本和英が四三年六月、申請外延広敏勝から買受けたものである)。また本件建物と申請人土地の境界線とは五〇センチメートルの距離がある。

本件建築が建築基準法による適法な増築であることは、四四年八月一九日大阪府知事より確認を得ていることによつても明白である。

五  同五の事実は否認する。

本件建物の建築による申請人家屋に対する日照・採光上の影響は、従前と比較してさほど大きくはない。

すなわち、夏至の頃、申請人家屋に対する日照・採光上の影響は全くなく、また冬至の頃、被申請人病院の西北角から入射する午前、午後の日光も、東北角から入射する午後の日光も本件建物の建築の前後において変化はない。ところがこれに反し、被申請人病院の東北角から入射する午前の日光については、本件建物の建築の前後において次のような差異が生ずる。

建築後の午前八時には申請人家屋の東南角から西に二メートルのところまで日があたり、その西はすべて影となり、九時には東南角も日があたらなくなる。これに対し建築前においては、午前八時には申請人家屋の東南角から西に一四メートルまで日があたり、午前八時半には一二・八メートルまで、午前九時には一一・八メートルまで、午前九時半には一〇・六メートルまで、午前一〇時には九・五メートルまで、午前一〇時半には八・四メートルまで、午前一一時には五・六メートルまで、午前一一時半には四・六メートルまで、正午には二・三メートルまで、それぞれ日があたる。反面、申請人家屋の南側の全長一六・九五メートルから以上の各長さを引いた部分が午前の各時において日影になるのである。すなわち建築前には申請人家屋の南側は右家屋の東南角から一四メートルのところまで日があたり、正午頃までは漸次小さくなりつつも日があたつているのに反し、建築後はほとんどあたらないという違いを生ずる。

以上に述べたように、本件建物建築による申請人家屋に対する日照・採光上の影響は、冬至の頃において被申請人病院の東北角から入射する午前中の日光についてだけであるが、その影響も建築前と比較してあまり違いがない。建築前においては、早朝の日の低い間こそかなり広く申請人家屋の南側に日があたるが、日が上昇するにしたがい、たとえば午前九時半頃には南側の半分にしか日があたらず、その後も時間の経過するのにつれ日影部分が多くなつてゆき、正午過ぎには全く日影となるからである。

したがつて、本件建物建築による日照・採光上の阻害は社会生活上当然受忍すべき程度のものというべきである。

(なお附言すれば、本件建物が五階建の場合と三階建の場合とで、申請人家屋の南側に対する日照妨害の程度に変りはない。)

六  同六の1の事実中、本件土地付近が住宅地帯であるとの事実は否認する。

本件土地付近は住宅地ではない。すなわち、藤井寺市の中央を東西に貫通する近鉄南大阪線の南側は主として住宅地として知られているが、本件土地のある北側は工場の激増および高速道路開通等による交通量の増大により、今や住宅地としての条件を失つている。

例えば、申請人家屋の周囲には次のような建物がある。

まず道路を隔てて東側には安井組の材料置場と飯場が、その先に藤井寺中学校と藤井寺工業高等学校が、北側にはハーク本舗、東木材、日本製箔、河内サイジング等が、道路を隔てた南側にはガソリンスタンドと商店が、西側には比留木工場(同工場は被申請人病院の三階位の高さがある)がある。このように付近には工場や商店が多く、自動車の往来も激しくて被申請人病院でも夜眠られない程である。しかも付近には名阪高速道路の藤井寺インターチエンジがあり、外環状線も開通し、この付近一帯は工場用地として、また商業地として発展する土地であつて、決して優雅な住宅地ではない。

七  同六の2の、被申請人が近くに用地を買入れることも充分可能であるとの主張については、他に土地を買つて病院を建築するには莫大な費用を要することを考えれば到底できないことである。

また、本件建物を建築する代りに被申請人病院南側を増築することについては、被申請人病院の建物が壁に鉄筋が入れてあるだけの壁式鉄筋コンクリート造りであるため、その上に増築してゆくことは建築上不可能である。

なおまた、被申請人病院の東側道路は都市計画によつて現状より一メートル西寄りに拡張されることになつているので、この点からも被申請人病院の建物の上に増築することはできないことである。

八  同六の3において申請人が主張する申請人土地家屋の買取りにつき四四年八月頃申請人よりその交渉を受け、被申請人において誠意をもつてこれに応じたが、申請人が法外な価格を固守したため、同年一〇月一五日やむを得ず右買取りを拒否し、建築にとりかかることを通告したのである。そして、当初の予定より大分遅れ、同年一一月に建築に着工した。

第三被申請人の主張

一  本件建物建築の必要性

被申請人病院は、三九年一〇月、救急病院の指定を受けた。付近には被申請人病院以外に外科の救急指定病院がないため、被申請人病院がこの付近一帯の交通事故や労災事故による救急患者を一手に引受けているが、昨今の交通事故や労災事故の増大に伴い、従来の被申請人病院の施設では対応し得なくなり、消防・労災関係者からの強い要望もあつて、患者収容能力を増大するために必要やむを得ず、本件建物の建築を計画したものである。

したがつて、本件建築は、被申請人が救急病院としての社会的必要を充たすためにどうしても必要なものである。

二  本件建築工事を差止められた場合の損害

本件建築工事は現在相当進行しており、これを現段階で差止められるならば、被申請人の蒙る損害は一五〇〇万円を超える。

第四疎明〈省略〉

理由

一  申請人家屋

申請人が三八年頃、その所有の肩書地(約一二四坪)に家屋を建築所有し、家族と共に居住していること、

右家屋が木造平屋建で、右申請人土地の南側隣接地である被申請人肩書地との境界線から九・三メートルの距離をおいて建築されており、その大きさ・間取が別紙図面二のとおりであること、

右家屋の南側開口部が申請の理由二の4記載のとおりであること、

以上の各事実について当事者間に争いがない。

二  従前の被申請人病院

従前の被申請人病院は三九年春頃建築されたもので、別紙図面二のように、鉄筋コンクリート造、東側部分一階、西側部分三階(高さ九・七メートル)の一棟の建物で、坂本和英所有の被申請人肩書地(一〇四坪)上にあることについては当事者間に争いがない。

三  被申請人の病院増築工事

被申請人が別紙図面二のとおり、従前の病院建物の上に申請の理由四の1記載のような増築工事(西側建物の四階増築後の高さは一二・五メートルとなる)を、本件土地六六・八八平方メートルに建築面積六一・六一平方メートル、高さ一五・三五メートル(塔屋を含めた高さは一九・二五メートル)の鉄筋「コンクリート造五階建の本件建物の建築工事をそれぞれ続行中であることについては当事者間に争いがない。

四  本件土地の地域性

成立に争いのない疎甲一、四号証の各一・八、一一、一三、一七、一八号証・疎乙一号証・一三号証の一ないし四、ならびに、疎甲一八号証により成立の認められる疎甲五号証を総合すれば本件土地付近は木造一、二階建の建物の多い郊外の住宅地域で、現在のところ人口密度の高い都市地域というまでには発展していなく、高度の土地利用を必要とするまでには至つていないこと、およびその付近には三階建の建物も少なく、それ以上の高層建築はほとんど存在しない状況であることが認められる。右事実よりすれば、被申請人の本件建物はこの付近における通常の用法に従つた土地利用であるということはできない。

五  本件建物完成後における被申請人病院の申請人家屋に対する日照妨害

成立に争いのない疎甲八号証・疎乙三ないし五号証・六、七号証の各一、二によれば、次の事実が認められる。

夏期(五月から八月)の頃は、本件建物による日照妨害は生じない。

太陽の最も低い冬至の頃は、本件建物建築前には、午前八時に申請人家屋の南側は、右家屋の東南角から一四メートルのところまで日照があり、正午頃までは漸次小さくなりつつも日照があつたのに対し、建築後においては、別紙図面四に示すとおり、午前八時に被申請人病院の東北角越しに東南から入射する日光により申請人家屋の東南角から西に二メートルの範囲だけに日照があるのみで、(その余はすべて日影となる。)それも午前九時には完全に日影となる。次いで午前一一時に被申請人病院の西北角越しに南から入射する日光により申請人家屋の西南角から東に二メートル余りの範囲に日照があり、(その余はすべて日影となる。)午前一一時半には三・五メートルの範囲まで日照がある。ところが、別紙図面五に示すとおり、太陽が西に移動しはじめる正午頃から申請人家屋はその西側にある株式会社比留木工場(高さ九・三メートル)の日影にも入りはじめるため、正午以降は最大幅四メートル位の日照しかなく、それも午後三時には右比留木工場の日影にすつぽりと入つてしまい、日照は全くなくなる。

右日照妨害の範囲および時間は、本件建物が五階建である場合と三階建である場合では春、秋分の頃において相当の差が生ずる。

以上の事実が認められる。右事実によれば、冬至の頃、正午以降の日照は申請人家屋の西側の比留木工場により従前から妨害されていて、本件建物の完成による新たな日照妨害は余りなく、また冬至の頃の午前については、増築前の被申請人病院の建物によりある程度日照妨害があつた(但しいずれも受忍できない程度のものではなかつた)ところ、本件建物の完成により、申請人家屋は、冬至の頃午前中は日照をほぼ完全にさえぎられ、その日照妨害は冬期を通じてほぼ同様の程度であることが認められ、しかもかかる日照妨害は本件建物が鉄筋コンクリート造の堅固なものであるところから、今後数一〇年間にわたつて継続するものと考えられる。

以上の如き日照妨害は被害土地家屋の所有者として、社会生活上一般に受忍の限度を著しく越えるものというべきである。

ところで被申請人は、本件建物が五階建の場合と三階建の場合とで、申請人家屋の南側に対する日照妨害の程度に差はない旨主張する。

しかしながら、およそ、住居たる土地家屋に対する日照妨害の問題は、その性質上、秋分から冬至、冬至から春分まで今七ケ月間について考える必要があるところ、前記認定のとおり本件建物が五階建と三階建とでは午前、午後ともに日照の範囲および時間に相当の差が存するのであるから、被申請人の右主張は採用できない。

六  被申請人の本件建物建築の必要性

成立に争いのない疎乙一二号証・一三号証の二、三によれば、

被申請人が三九年一〇月救急病院の指定を受けたこと、

付近には被申請人以外には外科の救急指定病院がないこと。

そのため被申請人が付近一帯の交通事故や労災事故による救急患者を一手に引受けていること、

昨今の交通事故等の増大に伴い、従来の被申請人病院の施設では対応し得なくなつたこと、

そこで、患者収容能力を増大するために本件建物の建築を計画したこと、

以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、本件建物の建築は公益上の必要に出るものであることが認められるが、申請人家屋に対する前述のような日照妨害の程度と対比するとき、その公共性の故をもつて申請人土地の南側境界線からわずか五〇センチメートルの距離において本件五階建の高層建築を許容する理由とすることはできない。

七  被保全権利ならびに仮処分の必要性

土地の高度利用化の進んでいない住宅地域においては、土地家屋に対する日照は土地家屋所有権の一内容とみるべきである。したがつて、土地家屋に対する日照妨害が受忍限度を著しく超えるときには、その所有権の円満な行使を侵害するものとして、その侵害者に対しその侵害行為の排除または予防を請求することができるものと解すべきである。

そこで本件についてみれば、前述したように、本件建物完成による申請人土地家屋に対する日照妨害の程度はその受忍限度を著しく超えるものであると認められるから、申請人の本件仮処分申請は土地家屋所有権にもとづく妨害予防請求権としてその被保全権利の疎明は充分である。

また、本件建物の建築工事は現に進行中であり、本案判決まで放置すればその工事は完成し、事後的に救済を求めることは著しく困難であると認められるから、本件仮処分の必要性も認められる。

八  結論

よつて、申請人の本件仮処分申請は理由があるから、申請人において当裁判所が自由な意見をもつて定める保証金一〇〇万円を供託することを条件として、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 高橋水枝 橋本勝利)

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